2008年5月アーカイブ

カレーをつくりました。


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翌日はカレーをつくった鍋でスープをつくります。


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鶏と大根入りのカレースープ。

鍋洗いが一気に楽になるメニューです。



ポール・J・マコーリイ『フェアリィ・ランド』を読みました。

嶋田洋一訳。


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早川書房発行。

1999年初版。

1995年のアーサー・C・クラーク賞とジョン・W・キャンベル記念賞受賞作品。

帯に掲載された巽孝之氏の推薦文いわく、

究極のテクノゴシック・ロマンスが、ついに本邦初上陸した。
ひとたびここへ足を踏み入れた者は、高度に発達したナノテクノロジーの成果が豪華絢爛たるメルヘンの世界と寸分たがわぬことに、あまりにも心地よいショックを受けるだろう。

なのに。

わたしはだめでした……(がっくり)。

ときは近未来、二十一世紀前半のヨーロッパ。
人々はドールに仕事をさせたり娯楽の相手をさせたりして暮らしていました。

ドールとは、ヒトの遺伝子をいじくって作り出した青い肌の生き物。
その外見はヒトとも動物ともつかず、童話に出てくる魔物みたいな感じ。
思考はなく、ただ命ぜられたままを行う、使い捨ての存在でした。
もちろん、知性促進と生殖は厳禁です。

その掟を破ったのは、企業お抱えの研究者であるローティーンの天才少女(紹介では美少女とあるんですが、本文を読むとそうは思えないってどうでもいいんですが)。

彼女は遺伝子ハッカーの手を借りて、進化させたドール、フェアリィを作りあげ、行方をくらまします。

後に残された遺伝子ハッカーもまた、彼女を追って旅に出るのですが、世界は混乱を極めて……。

平たくいうと、種族交代の物語です。
内へとこもっていく人間と、外に向かっていく新しい生き物との。

なんとなくそそられるし、おもしろそうな感じでしょ。

なのに何がだめだったかというと、著者の感覚ですかね?。

この登場人物はあの話からとったな、著者はあの作家が好きだなとか、そういうのがわかるのでお互い好きなものは近いと思うんですが、スラムから見出されてデビューした環境スーパーモデルとか、そのモデルの名前がアントワネットとか。

どうもその辺りがかっこわるいんですよ?。

子供十字軍とか、ウェブ・カウボーイとか、音声も入れられる絵ハガキとか、未来なのに未来的な感じがしないものが多くて。

会話なんかすごくいいリズムで進むのに。

わたしはウィリアム・ギブスンのファンなので、初期ギブスン的かっこよさを求め過ぎなのかもしれませんが、今いち切れのわるい世界観でした。

巽氏のいう「あまりにも心地よいショック」を受けたくて、上下二段組(!)400ページ超を最後まで読んだ結果がこれとは。

残念です。

もっとも、発売後すぐ買ったくせにすぐに読まないで、十年近く経ってから読み始めたのがそもそものまちがいだったのかとも思います。

何しろ、今は二十一世紀過ぎ。

そりゃあ、世界情勢が物語の中より複雑に変わってて当たり前です。

SFにも賞味期限があるのかもしれませんね。



先日、東京大学総合研究博物館に行ってきました。

『鳥のビオソフィア 山科コレクションへの誘い』展


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はっきりいって、この間見た『英国美術の現在史』展がぶっとぶほどの美しさ。

全5空間とコンパクトな展示は、さながらコーネルの箱作品。

鳥の研究に興味があってもなくても関係なし!
その空間に足を踏み入れさえすれば、心はもうあちら側のもの。

今回の展示は美術系の人が手がけたそうです。

それぞれの空間のメリハリや展示物の個性がよく表現されていて、鳥の骨格標本が一列に並んだ展示では、背後の壁にうつる影(この影がまた美しい)までが展示の一部になっていて、よく考えられているなと感動しました。

もとは昭和天皇のコレクションだったという鳥の剥製(ペンギンもいました)が多数、でもお互いの存在を食い合うことなく展示されていた空間『博物学と工芸』もみごとでしたが、次の展示空間へ行くちょっとした通り道での展示の仕方にうなりました。

美しい鳥の剥製に見とれた後に待っているのは死の色が濃く感じられるモノクロの標本写真であり、鶏の奇形写真を静かに列挙した展示ケースなのです。

この通り道の次の空間、『鳥類学者の小部屋』ではさらに死が強く感じられる鳥の仮標本が引き出しに収められる形で展示されています。

剥製は生きていた姿の再現ですが、仮標本はまさしく死体。

目は閉じられ、羽もたたまれ、か細い足にラベル(このラベルにも歴史の重みを感じます)をつけられ、仰向きに同じ個体が何体も、すきまなくガラスケースに規則正しくつめてあるさまは強烈です。

中には、かんじんの本体がなくて、くちばしだけが残ったものが仮標本にまじっていたりして、研究とはむだのない現実直視というか、クールだなと思いました。

仮標本の鳥はどの個体も、羽はきれいだし、胸のあたりの羽毛なんかふわふわした感じなので、見ているうち、死んでいるのか眠っているのかわからない不思議さに駆られます。

第一印象はぜったい死体なんですが、見ているとわからなくなる。

魅入られました。

この部屋は題名通り、架空の鳥類学者の部屋を演出した架空の空間です。

でもその個性の表現がみごとなので、単なる作り物に終わらず、「彼」がどんな学者なのか、つい思いをはせてしまうほど。

もし部屋から個性を組み立てたら、大変魅力的な学者ができあがることでしょう。

「彼」は収集マニアでもあるという設定なので、部屋の中にはネズミやひな鳥の骨格標本(!)や亀の甲羅などいろいろおいてありましたが、なにげなくワニの剥製なんかがまじっているところがすばらしい。

これでもか! と見せつけるのではなく、ほどよいゆるさをあえて演出するところがまた上等。

わたしはこの空間がいちばん好きです。

許されるなら、一日中、机にほおづえをついて(別につかなくてもいいんですが)空想にふけりたい。何ごとかを書きつけたい。

ギブスンの小説『ニューロマンサー』に出てくるヴィラ・ストレイライトにもつながる奥行きをもった美しいあの部屋で。

ああ。

今思い出してもため息が出ますよ。

空想/妄想が大変に喚起された展示でした。

言葉だけではちとむなしいと思ったら、さあ、会場写真へ


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華氏911 再び

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サイトに行って「!!」となり、カンヌ映画祭の情報を漁りました。

マイケル・ムーアの次回作の話です。

華氏911』の続編で来年公開とか。

すでに制作着手とはいえ、同時に海外配給の売り込みにも手をつけているあたり、さすがしたたかでぬかりないというか。

来年のカンヌの目玉はもう決まりですね。

ただマイケル・ムーアも人の子。
つくる映画がみんなすごいわけではありません。

デビュー作『ロジャー&ミー』はよくて、次の『ビッグ・ワン』はだめ、でも『ボーリング・フォー・コロンバイン』は傑作とよしあしが交互にきてるんで、『シッコ』がよかった次回作はだめかもと踏んでおります、期間短いし。

といっても、ここでいう「だめ」は駄作じゃなくて、「よし」の作品レベルより劣るという意味での「だめ」なので、まったくの空振りはないと確信しております。

マイケル・ムーアですからねい。

今もっとも世界で次回作が待たれる監督。
嵐を呼ぶ男。

彼がくるのとこないのとじゃ、さすがのカンヌも注目度がちがうのでしょう。

決して見目麗しいとはいえない外見なのに彼は目立ちますからねレッドカーペットの上でも。

華があるとはこういうことをいうのかなと思います。



先日、久しぶりに森美術館に行ってきました。

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』。

目当てはもちろんダミアン・ハーストの作品です。


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告知にも大々的に使われた彼の作品『母と子 分断されて』は、思っていた以上に大きくて鮮烈。

実物にふれる大事さを痛感させられました。

解説がなくても成立しうる圧倒的存在感はさすがです。

そこで気になったのは分断された間に入ってもいいのかだめなのか。

内覧会のレポートを読むと「入れます」と書いてあるんですが、実際は禁止状態でした。
初めは入れたけど、何か不都合があって禁止したとか?

でも間に入って牛の内部も見てこその作品なので、すきまからのぞかせるだけにとどめた展示の仕方には猛省を促したいです(えらそう)。

常に「芸術か冒涜か」の物議をかもしてきたダミアン・ハースト。

その存在もすごいですが、そんな議論を戦わせちゃう英国という国もすごい。
成熟していると思いました。

他には照明がついたり消えたりするだけのマーティン・クリードの作品。
明滅の間に見えたり見えなかったり、変化したりしなかったりを何の展示もない空間で体感できます。
シンプルだけど奥行きがある。
深読みを限りなく許す度量が現代アート。

あとはグレイソン・ペリーの一見古典美術の壺。でも絵柄は悪徳悪童のオンパレード。
という壺作品もおもしろかったです。

が、全体的に見ると、惜しいかな、小粒でした。
特に映像作品は難しかった。

英国の時代背景をもれなく理解していれば、うなずける作品も多かったのかもしれません。

が、壁の解説を読んだり、音声ガイドを耳にあてながらの鑑賞はどうもかったるくて。

過去に訪れた展覧会ではいずれも作品の質/量ともに圧倒された森美術館での展覧会。
今回は展示数にくらべて空間があまっていたというか、えっこれで終わり? というあっけなさ。

ターナー賞じたい、歴史の浅いものとはいえ、ちょっと残念。

なんだかなあ。
と思っていたら、館長が変わったことを知りました。

納得(といっては現館長に失礼か)。

高層階からの眺めはあいかわらず美しいというのに、この倹約時代、美術館の低迷状態もやむなしなのか。


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明日はどっちだ。

と書いているわたしがいちばん気楽ですが。ね。



ビスケットの模様

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今まで見過ごしてきました。

表面にこった模様があることに。


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森永製菓のビスケット、マリーです。

チョイスもいいけど、こっちも捨てがたい。


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主張しすぎない味わいって大事です。



雨天炎天

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村上春樹『雨天炎天』を再読しました。


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新潮社発行。

1990年初版。

トルコ編『チャイと兵隊と羊 21日間トルコ一周』

ギリシャ編『アトス 神様のリアル・ワールド』

の二冊からなる一組。

写真家松村映三氏(と担当編集者)とともに二つの国を旅した記録。

今はなき雑誌『03』の連載企画でした。


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修道院を徒歩で訪ねてまわるギリシャ編がめちゃくちゃよいです。

ギリシャ、アトス半島。
そこは20もの修道院が点在するギリシャ正教の聖なる土地。

緑豊かだが地形は険しく、夜には狼も出るという。

要特別ビザ。
女性の立ち入り不可。

異教徒に許される滞在期間は三泊四日。

ピクニック気分で歩き出した一行を待ち受けるのはきつい道のり、変わりやすい天気、蓄積される疲労に質素すぎる食事。

ワイン付きの正式晩餐もあるにはあるが、厳しい時間制限が設けられているため、素人がデザートまでたどりつくことはまず不可能……。

俗世とはまったくちがう時間が流れているアトスの様子を極上の表現(笑いあり)で読むことができます。

苦難の旅もどこか甘美に感じるのは、異郷の地ゆえでしょうか。

わたしは女性なので現物を拝むことはぜったい不可能ですが、男だったら一度は行ってみたいアトスの修道院めぐり。

遠いあこがれです。

そう。
これは現実逃避したい気分の現れ。

だから読書で現実逃避するのです。

ページを開けば、いつでもあの世界の一片にふれることができる。

本最高です。


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