2009年6月アーカイブ

シメイ レッド

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ごぞんじ、ベルギービールのシメイ。

シメイはレッド、ブルー、ホワイトとありますが、わたしにはレッドがめちゃうま。


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夜はもちろん、朝から呑んでも、昼から呑んでも、おいしい。

アルコール度数は7度と高くないものの、呑んでいると、どしんと落ちます。

これが、実にいいのですよ(力説)。

シメイがある日常はない日常よりも、ぜったい幸せ。

と、いうのは呑んだくれのいい分なんですけども。ね。



バリハイと同じく、初めての出会い。

チェコのビール、ピルスナーウルケルです。


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今日の用事を全部片付けて、さあ一杯と栓をぬいて呑んでみたらばこれが……っ。

ゆるい気持ちとはま反対の苦い味。

ゆうべBSでみた、ドキュメンタリー、

チェコとスロバキア ふたつの道 〜ビロード革命より20年〜

を思い出しました。

調べたら、なんとまあ、チェコとスロバキアはW杯欧州予選同組ではないですか。

現在、首位スロバキア、4位チェコ。

何年か前の欧州選手権でやたらチェコが強かったことを何となくおぼえてますが、スロバキアも負けてなかったんですねえ。

スロバキアのビールはどんな味がするのだろう。


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バリハイビール

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最近、知ったインドネシアのビール、バリハイ。


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コロナもですが、暑くなる時期の、昼間っから呑むにはうってつけの味わい。

酔いが重すぎず、軽すぎず。

思考と行動を妨げもせず……。


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そういって、もう1本、またもう1本と呑みたくなるのがまずいんですが。ね。

びんで呑むビールはうまいです。



銀河高原ビール

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国産だと、銀河高原ビールがいちばん! という人が多いと思います。

わたしもです。


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ちょっと前まではご近所のスーパーでも買えたのに、この不況のせいか、姿を消してしまいました。

お取り寄せすればすむ話とはいえ、それも何だかなー。

発泡酒ばっかが強力に売れてる現実は現実として、おいしくてまっとうなビールがそこらで気軽に買えてもいい。

共存のぞむ。



コロナビール

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ビールのうまい時期になりました。


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まだ陽があるうちから呑むなら、コロナ。

軽いけど、ほどよい酔い心地。

いつ見ても、コロナは存在そのものが美しいとほれぼれします。



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『家 meaning of the house』。


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1975年10月初版。

潮出版社発行。

現在、絶版。なので図書館から借りてきました。


「日本の家」をテーマに、

写真/篠山紀信。

文章/多木浩二。

編集構成/鶴本正三。

で贈る、豪華写真集。

古民家、洋館、集合住宅など実際に人が住んでいる家から、廃墟まで。

軍艦島もあれば、郷ひろみの実家(!)なんてのもあり。

なぜか銭湯も出てきます。

篠山紀信て実はすごいのかも、いやすごいんだと思いました。

本書は彼の写真なくして成立しない。

その情報量の多さと美しさ。

そして、何ともいえない空気感。

よそ者の視点というのでしょうか。

撮られた場所はどこも、見ているこちらを軽く拒絶しているのを感じます。

ここはここであって、あなたの家ではないんだと。

写真家も人間なので、行った先々で感じたことがたくさんあったと思うんですが、どの場所を前にしても肩入れすることなく、はしゃぐことなく、淡々と切り取ってきた感じ。

撮り手の生臭みが消えていて、でも篠山紀信の写真になってるというか。

今見てもまったく古さを感じません。

対して、文章による家の考察を行った多木氏はどうだったか。

彼は後に本書の文章拡大版である、『生きられた家ーー経験と象徴』も出版しているほどなので、このテーマにはかなり入れ込んだことがうかがえます。

本書の最初に収録された文章「生きられた家」は、こんなふうに始まります。

「どんな古い家でも、人が住むかぎりは張りを喪わないものである。そこでは古さも現在のなかでの時間の表象に変わるのだ」

途中、

「家にはまたわれわれを超えた力が作用している。家はわれわれが自覚していようといまいとわれわれを拘束する宇宙にもなる」

「生きられた家は全く世俗の世界に属している。現実を超えようとする自由な意志を示すのではなくて、現実そのものを構成している」

等々、展開し、終わりは、

「生きられた家がわれわれをひきつけるのは、なによりもまず、人間によって生きられた空間と時間の性質があらわれているからであるが、それだけではなく生活術がつくりだすさまざまに虚構的な現象が読みとれるからである。時間も空間も乏しい時代のなかを彷徨していく渇いた肉体の沈黙のことばがそこに秘められているのだ」

……。

……すいません。

以降、わたしは文章部分、読むのをやめたのを告白しておきます。

本書ときたら、縦30.7cm、横57.5cmもあるのですよ。

試しに体重計で重さをはかったら、2キロを軽く超えました。

こんな重たい本、かったるい文章(失礼)じゃ、読んでられません。

もし。

本書が再版されるならば、もう一回り小さい判型を強力に希望します。

それで写真主体の「見せる」編集でやりなおす。

全編通しで見ていくと、どうにも違和感をおぼえる本書の構成。

流れがあるようで、ないというか。

納まりがわるいのです。

せっかく写真がいいものを捉えているのだから、もっと解放してほしい。

ぜったい名作になると思います。


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だのに、なぜ……。

カカー移籍騒動の後に、まさかこんなことが起きるとは。

レアル・マドリード、C・ロナウドも獲得

行くな、クリスティアーノ・ロナウド!

きみにはオールドトラフォードの芝が似合う。

ユニフォームだってばっちり着こなしてるじゃないか。

そりゃスペインは確かに故郷に近い。

でもそっちにはファーガソン監督もいなけりゃ、ルーニーもいない。

おまけにカカーやラウールの髪はふさふさだ。

へたにちょっかい出すと後がこわいぞ。

……。

どうにか、破談にならないかと願ってるんだけど、両者の、

 → マンチェスター・ユナイテッドの公式サイト

 → レアル・マドリッドの公式サイト

発表を読むだに、もう次の段階に着々と進んでいるのがわかり……放心状態です。

ユナイテッドになくて、レアルにあるものって何なんだろう。



きみは完璧さ

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この言葉が、これほど似合う人は今、彼をおいて他にないでしょう。

カカがレアル・マドリー入団会見

今回の移籍騒動はクラブ首脳陣の迷走かと思いきや、その実、ご本人の意のままだったとは。

すばらしい!

もう完璧すぎて、ぐうのねも出ません。

詳しい経過&状況は『A.C.MILANを斜め読み』がおすすめ。

わたしは名曲といわれるRCの『雨上がりの夜空に』に熱狂する気持ちが今ひとつわからなかったのですが、同ブログ記事『カカ先生の小説完結』を読んで、納得しました。

あれはああいう気持ちのときの歌だったんですねー。

さらに。

ほぼ日』(さすがほぼ日ぬかりなし!)内コラムの『フランコさんのイタリア通信。』も切れ味が鋭くておもしろいのでぜひ。

カカー。

あなたにくらべれば、クリスティアーノ・ロナウドなんかまだまだひよっこだね。

ちょっと安心しました。



担々麺、無情

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ときどき、むしょうに担々麺が食べたくなります。

そういうとき出かけていったご近所の中国料理店が、ああ、なんてこと、いつのまにやら、ちがうお店にすりかわっていたのでした。


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画像は『香港楼』の担々麺です。

麺は細く、スープはうまく、砕いたピーナッツの食感もうれしい。

しかし、それでも次点の味。

浅草周辺は老舗も多いけど、入れ替わりも激しい。

この店この味が永遠のものと思っちゃいけない。を重く実感した夕暮れ。

これからどうしよう……。

がっくり……。



獄門島

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横溝正史『獄門島』。


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1971年10月初版。

角川書店発行。


終戦から一年を経た昭和21年9月下旬。
瀬戸内海を行く連絡船に、南方戦線帰りの金田一耕助は乗っていた。
表向きは静かな島での療養だが、実はその胸中には重い使命がわだかまっていた。
復員船のなかで死んだ戦友から託されてしまった奇怪な遺言。
それは、自分のかわりに故郷の島へ行き、妹たちを守るということ。
自分が生きて島に帰らないときは、三人の妹たちが殺されるのだという。
事情もよく呑み込めないままに、島へと向かった金田一耕助を待っていたのは、おそろしくも美しい殺人事件であった……。


横溝作品の中でも、一、二を争う傑作といわれる本作。

著者45歳のときの作品です。

(横溝正史って案外遅咲きの作家なんですね)

改めて読んで感じたのは、初めから終わりまで、確かに美しい。

あとはトリックさえ納得できれば問題なし。

そう、やはり気になるのはトリックの部分ですね。

お話とはいえ、そううまくいくのかなと思えるとこがどうしてもあるもんで。

惜しいな!

この辺り、その昔に出版された『金田一耕助さん あなたの推理は間違いだらけ』が本棚のどっかにまだあるはずなので、照らし合わせてみたいと思いました。

あと、気になったのは本作の目玉ヒロイン、鬼頭早苗。

(どうでもいいんですが、表紙のアップ女性は早苗さん? だと思うんだけど、何で彼女がこんな形で描かれなきゃいけないのか意図わからず。以前は和尚とおぼしき男性が描かれてたはずで、そっちの方が筋が通ってると思う)

彼女は、ファンならおなじみ、金田一耕助にとって生涯忘れられない女性となる人ですが、

「その人、年齢は二十二、三か、パーマをかけた髪をふっさりと肩に波打たせ、ゆるく仕立てた焦茶色のスーツを着ている。ただそれだけで、装飾といえば白いブラウスの襟にむすんだ、細いリボンの赤がひと筋。」

との描写を読んで、ほう早苗さんはパーマをかけているのか。でもどこで? と気になったんでした。

獄門島にも床屋はあるにはありますが、いわゆる男の床屋なんで、ちがう。

(もしそうならおもしろいんだけど)

としたら、あとは自分で巻くか、所用で本土に行ったときに美容院に行くか。

スーツの描写からすると、ここはやっぱり後者ですかね。

すると、彼女は、あっさりしているようでいて実はかなりいろいろ考えてきた人なのでは。と思えてくるのです。

何しろ、いっしょに住んでいるのが、狂い咲きの花のように美しい三姉妹。

もちろん、早苗さん自身だって十分に美しい。

だけど、三姉妹の無邪気な華やかさにはぜったい圧倒されたはず。

そこで考えたのは、三姉妹の純和風に対しての洋装。

着物にも未練はあったかもしれませんが、ここでばっさりあきらめたわけです。

病人の世話を初め、屋敷の日常のほとんどを切り盛りしていかねばならん身としては、身なりにかまわないという選択もあったはずですが、それじゃ生きてる意味がない。

どんなに手間がかかってもパーマもスーツも彼女にとっては譲れない、自分を表現する手段でもあったのではないか。

と、想像しながら読んでいくと、早苗さん=けなげな女性という単純な見方が崩れていくのです。

最初に読んだとき(中学生の頃)、金田一耕助と別れる場面での早苗さんは冷たいと思ったものですが、さすが人間観察が鋭い横溝正史。今は、うなるばかりです。

彼女が何を夢見、決断してきたか。を思うと。

彼女は強い。

強くて潔い。

本作の時代から二十年を経過した『悪霊島』の冒頭で、瀬戸内海を眺める金田一耕助が、早苗さんはどうしただろうかと心配する場面がありますが、彼女ならきっと、困難を乗り越えて幸せに暮らしているはず。

というのも、『獄門島』の中に、ちゃんとそれをにおわせる描写があるのです。

さすが横溝正史。

ただ、『悪霊島』を書いたときもそれが頭にあったかはさだかじゃありませんが。

どっちにしても、金田一耕助は根っからロマンティスト。

独身なのもむべなるかな。です。

中島河太郎氏によるあとがきでは、

「江戸川乱歩は「本陣」でもそうであったが、本編でもこういう殺人罪を犯さなくても、もっと穏便な手段がいくらでもあったのではないかという、常識論的な納得の行かなさを表明し、チェスタートンやカーのような架空手法を採れば大して邪魔にならぬが、著者のように現実手法で行くと不自然さを感ずると評している」

と、手厳しい意見も紹介されています。

それは、確かに。

でもたぶん。

犯人は日頃からあの三姉妹がいやでいやでしょうがなかったんでしょう。

金田一耕助は戦友の遺言を守れないどころか、だいたい全部終っちゃってから謎解きをするのが常なので、へぼといえばへぼ。

でも。

事件の渦中を金田一耕助といっしょに右往左往しているときこそ、実は楽しい。

これがキモなんじゃないかと思うのです。

金田一耕助の冒険/物語は。